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否定と批判を捨て達観した方法 美構造での藤原の変化!

藤原さんって、昔は言葉がナイフのように尖っていた感じがありましたが、今は達観されましたよね。

たまに、ブログ記事を全て読んでくださる方がいてそういうことを言われます。

昔の僕のブログやfb文章をみると、恥ずかしいというか「元気やなぁ」
「青いなぁ」「野望を抱き滾ってるな」
と思っちゃいますが
そんな頃も自分の要素としては存在していますし読者の方が変遷を感じることでキッカケになると思いますので記録として残しています。

僕は自分自身で達観していると思っちゃいませんが、僕レベルで達観してるのであれば、

他者を
否定批判
しなくなったキッカケは明確にあります。

2つ。

1つはセラピストの原理原則として、昔教えていたセラピストの意識次第で柔軟性が操作できたり筋緊張が操作できてしまうという概念に気づいてから。
硬い筋肉を探す意識だと硬くなるし柔らかな筋肉を探す意識だと柔らかくなる
そのスイッチの切り替えが人の想念によって行われていることに気づいてしまってからゴッドハンドや達人というものに興味がなくなってしまいました。
憧れの対象がなくなる技術にこだわりがなくなる
と面白いもので否定や批判という気持ちがわいてこないんですよ。

商売上の都合で、「えーーめんどくさいなぁ」と思うことはありましたが、今はそれもないですね。

2つめは、
現在 体幹覚醒ワークとして伝授しているワークを通して獲得できる身体感覚に気づいてから。

その身体感覚がない状態からみえる身体その身体感覚がある状態からみえる身体
僕の感覚では
内側にある情報量が全く違う。

違いすぎて、ない状態→ある状態は視えない感じとれないんです。

ない状態の世界にはその中での正解や常識があるある状態の世界にはその中での正解や常識がある

正解や常識が全く違うわけなんですよね。

僕もない状態のときは、コレが正解だ!ソレは間違いだ!と声を上げていました。ガォーって笑
その変遷の経験をふまえると、その世界からみるとそれが正解だよね!という気持ちしかわいてこないから否定 批判しようとは思えなくなってしまっただけなんですよね。

とまぁ、藤原の場合は
①セラピストの原理原則②体幹覚醒
という2つの気づきがあり達観(?)できたという話でしたが

否定や批判の気持ちがわいてきているのに抑えるのはめちゃくちゃストレス溜まると思うし、我慢するのはよくないですよ。適度に息抜きしましょうね。

否定や批判の気持ちがわきあがり、イライラしてる怒りの感情をバネにエネルギー源にして頑張れるって人もいてはると思うんですが

すぐガス欠になっちゃう短距離走しかできないんですよね〜

次々と批判対象を探さないといけないし強刺激を求めないといけない

交感神経バリバリだからからだは結構しんどくなってきますよね〜

達観(?)すると何がいいかって副交感神経モードになるから
少なからず、日常のからだこころがラクになります。

そこから視えてくる世界は、そうなったときの楽しみにとっておきますね。